終戦記念日に思う、悟りの視点について

スピリチュアル

平和な日本となって、73年目の今日。
人生とは、命あっての物種です。

私たちが普段、あーだこーだいう悩みなんかも
こうやって生きていないと出てきません。

今日は、先祖が繋いでくれた今の命に感謝しつつ
人と悟りの意識についての記事を書こうと思います。

悟りとは、努力や不公平感を越えた先にあるもの

人の気持ちというのは「頑張ったら報われるはず!」
と思って頑張っても、報われなさにだんだんと他人への妬み嫉みに変わっていくことがあります。

 

また、頑張って成功出来たらできたで
「努力しないやつ・成果が出てないやつは駄目な奴」
という他人を身下す優越感が芽生えてしまうこともあります。

 

「人はみんな全て公平であるべきだ」と強く思っていると
不公平な現実を目の当たりにした時、人の感情は
強い怒り・恨み・恐れなどの暗いエネルギーに変わります。

 

そしてそれが、今も昔も大小さまざまな争い事を起こす元となっているのです。

 

不公平な現実を目の当たりにし、それでもその悲しみや恐れを建設的な方向へ向けられた人物を
私たちはスピリチュアルな用語で「マスター」と呼んでいます。

 

現代に近い人物だと、マハトマ・ガンディーやマザー・テレサという人物達がそうです。
彼や彼女らは、戦争や貧困・差別に胸を痛めながらも、その原因である元に対し攻撃を仕掛けるのではなく
戦争や貧困・差別などによって傷ついた側の在り方について、変革を起こした人達でした。

 

子供同士の喧嘩を止めようとする大人が、片方の子供の気持ちに肩入れし過ぎて
仲裁できないなんてことにはならないですよね。

 

でも、世の中の争いはそんな子供の喧嘩みたいに単純なものではないので
誰にも肩入れせず、もし仲裁が無理そうなら
「はじめから関わらない」
そんな選択をする必要も出てくるんだろうと思います。

 

もし、何かしらの状況を変えたいと望むなら
私たちはその状況を作りだし維持している物事の中心となっている意識よりも
「もう一段上」の意識を持たなければなりません。

 

私たちは、みんな自分たち自身のマスターであるという意味

 

キリストは奇跡で、仏陀は説法によって人々の苦しみを癒し、悟りへの道を示しましたが
最終的には、私たちが自分で自分を癒し救えることが彼らの目標でもありました。

 

自分の中の神性と繋がることは、誰にでもできます。
マスターや指導者がいなければ無理、ということはありません。
もし、今繋がることができないのだとしたら、ただ単に長い時間の中で忘れてしまっているだけなのです。

 

私たちは、自分で思うよりもずっとずっと長い年月の間、色んな人(魂)生を経験し、生きてきています。

 

私たちには、自分が誰かを忘れてまで生まれてきた目的があったから、毎日色んな事が起こります。

毎日色んな事が起こることで

「自分とは何か?」
「何を感じて生きてきたのか?」

そういうことを生きている間は感じて生ききる必要があるのだな、と思います。

 

 

 

“悔しい思いをしたって、良いじゃない。
でも、その悔しい思いをすることを
「嫌だな、避けたいな。」
そう思ってしまっても、良いじゃない。
何も感じなくなるために、生まれてきたんじゃないんだから。

 

 

私たちの中のマスター、あるいはハイヤーセルフと呼ばれるような存在は
ジタバタと考えたり、努力して何とか状況を変えようと一生懸命な私たちを見ては
こんなふうに大きく(大きく過ぎる?)ゆったり構えているものなんだと感じます。

 

だから、人間的な意識の私たちも同時に存在しているから
生身の私たちが「困るなぁ」と思うことは今まで通り「困るなぁ」でもいいし
ハイヤーセルフの大きな視点を借りて「そういうことでもあるし、まぁいっか」でも構わない。

 

けど、自分がそういう感じ方をすると自分で選択しているのだから、
人と自分は違うことで嘆いたり、批難したりしない…
また、優越感も抱いたりしない(人の意識と生身の人ではない意識を比べたって意味ない)

 

ハイヤーセルフや神様の意識に繋がることって、普段の私たちの意識にもう一つ、大らかな視点が増えるということのようです。

余談というか本編かもしれないオマケな話

ハイヤーセルフに
「これは私の使命でしょうか?」
という類の質問をすると、
「やりたきゃやれば?」
という返事が返ってくることが結構あります。

「この人とは運命の恋の相手なんでしょうか?」
と質問をすれば
「好きなら付き合えば?」
って返ってきたりして

 

「もーーー!ハイヤーセルフ(高次の自己)っていうくらいなんだから、なんでも私が納得する
答えをくれるんじゃないの!?」
と、現実に悩んでる私たちはキーキー言っちゃうんですけれど

そんな時は「便利道具じゃないんだよなぁ…(--)」
と言いたげな、ハイヤーセルフの気配が伝わってきます。

運命の相手だからって、結婚するとは決まってなかったり
結婚まで進むには、お互いに課題をクリアしなければならなかったり
その辺の事情を、洗いざらいハイヤーセルフが話すことはあんまりないようです。

 

あと、質問とは直接関係ないことを答えることもあります。

「この仕事、どうしてうまく行かないのかな?」
って聞いてるのに
「健康のために運動を始めたらいいよ」
とか
「家族との関係を見直してみたら?」
というような返事をしてくる時です。

で、たいがいの人がこのような返事に怒りを感じます。
(普通の人と同じようにちゃんと会話できると思ってるから尚更)

これは言葉足らずなだけで、「質問にある問題の根っこを癒すための最短ルート」を
答えている場合が多いのですが
私たち当事者にはどうにも納得できないことが多いのも、事実です(^^;)

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