自己防衛メカニズムと心理占星学

占星術

こんにちは。
これは去年の12月から始めた家庭菜園です。

植えているのは、はつか大根と葉大根(種は百均で購入)なのですが、まだまだこれから成長していく途中で、しばらくの間ご飯のおかずにはなりそうにありません。
(ちゃんと食べられるサイズに育てるのって手間暇が本当にかかるんですね。農家さんすごい。)

それでも、昔から植物を育てるのが下手くそな私からすれば、芽が出て葉が伸びてきてるだけでも感動してしまいます。


今日は、密集して絡まっていた部分を間引きしました。
本当は、もっとちゃんと蒔く前から間隔空けてやるんでしょうけど
「どうせ、全部は発芽しないだろう…」とか考えて多めに蒔いたら、意外にもモリモリ芽を出しました。
慌てました。やるじゃん、百均の種…(舐めてた)

年末年始は、風邪で寝込み正月を過ごしていた為
アマゾンのkindleで西洋占星術の洋書を読み漁っていました。

日本の占い本は、どうしても形式的でハウツー的というか
「なぜ、そのような解釈になるのか?」
という本質的な部分に触れた文章があまりないのですが
やはり、海外ものは占星術の本場なだけあって、その辺を惜しげもなく解説されているものが多い気がします。

最近読んでいるのが、Barriers and Boundaries
日本では心理占星学で有名なリズグリーンさんの著書です。

私は、どんなことをするときでも
「なぜ、そうなるのか?」の部分が先にクリアできないと
なかなか脳が受け入れないタイプで、「良いから黙ってやれ」「周りがそうしてるからそうしろ」という雰囲気がどうしても苦手なのですが、この本に書いてある理由を読んで納得しました。

人の個性は、生まれてきてからどのような育ち方・経験をしたかによって決定されていきます。

心理学的に分析すれば、それは人の成育歴を追っていくことで分かっていき
占星術的に分析すれば、それは人のホロスコープチャートからその特徴を分析することができます。

私は風サインのグランドトラインがチャートにあり、火のサインのオポジションと合わせて
カイトを形成しています。

私は知識を吸収するのは好きなのですが、その理由が「もっと自由に生きたいから」であり、
逆に知識を得ることによって可能性が狭まっていくようなものだと、勉強する気力が湧いてこなかったります。

また、山羊座の月なので、自分が他人に立場をコントロールされることをとても怖がる性質を持っています。
自分の行動や意思決定の正当性を周囲にアピールするためなら、多少興味の無いことでも勉強することはありますが、
「あ、役に立ちそうにないな」と思ったり
「頑張っても思ったほどの効果は出なさそう」と思えば、
たちまちやる気を失ってしまいます(笑)

よく、西洋占星術の占いには「こういう欠点があるから注意しましょう」みたいなことが書かれていますが
よくよく考えてみると、その欠点も何らかの理由があって与えられている個性の一部であるわけです。

”Barriers and Boundaries”の表題にもある通り、人含め、地球で生きる生物は皆なんかしらの
境界線を持っています。
それは、地球上で生き残るために必要なものなのです。

たとえば、
感情的に他者と繋がることで安心感を覚えるタイプの防衛心理をもっているのは、母子と関係が深い蟹座サインだったり

他人より優れた、強い生物であることを証明し続けるために、ライバルの存在を探さずにはいられない牡羊座タイプなど

自分が生き残るために必要だと潜在意識で感じていること
それが、他者との境界線、または自己防衛のメカニズムになっているというわけです。

そして、このような自己防衛のタイプの多様性が、私たちには個性として認識されます。

ですので、
「自分のここを直さないと」「あの人はこういうところが悪い」
と性格や個性の非難をしても、結局それは単に
周囲の人や自分たちの好き嫌いであって、そこに絶対正しいと言える基準みたいなものはないと言えるわけです。

少し、話は変わりますが

昨今、私自身含め、人とのコミュニケーションが苦手な人が増えていますが
これは生活インフラが便利になり過ぎたせいで「昔ほど、人とそこまで頑張って仲良くする必要性が無くなった」ことによる影響ではないかと思っています。

昔の村社会なんかだと、団結して全体の生活を支えていたのが目に見えて体感できたに違いないので、
きっと、「必要に駆られる感覚」でのコミュニケーションが取れていたのではないかと思います。(とはいっても、私の推測でしかないですが)

人と人が仲良くしたいという動機ひとつとっても、その理由は様々あると思います。
現代人だと、
「他人からすごいと思われたい」「人気者だと思われたい」
そういった承認欲求を満たすために、人とコミュニケーションを図ろうとする人は多いと思います。

あとは、職場や学校で「仲間外れにされて、足を引っ張られないために」、人と同じ話題や共感を振りまくなど、他者との一体感による防衛心理でコミュニケーションをとっていたりします。

きっと、その辺の感覚の違いは
個人の成育歴や、ホロスコープチャートに出ている今生の目的など
いろんな理由が合ったりするのでしょうね。

三つ子の魂百まで、と言いますように
人の性格・個性はそうそう変わらないものです。

他人を変えようとしたり、自分の至らなさを責めて長い時間を
しんどい思いで過ごすよりも、もうそこは諦めて

「あの人には、こういうトラウマが合って、ああいう行動をしているんだ」
「私には、こういう理由があって、苦手なものがあるんだ」
ということに気付けたら、人生、それでもう十分なような気がします。


理想との違いに悩んで立ち止まるより、不格好でも伸びて育って、この世で何らかの生きた証を残していきたいですね。

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