人生における占星術の役目

占星術
人生に占星術は必要か?不要か?

以前、何というタイトルの本だったかは忘れてしまいましたが
神智学関連の本の中で「人の魂の進化において、占星術はいずれ必要としなくなるほうが良いもの」というような内容を読んだことがありました。

魂の上の次元から見れば、その占星術のホロスコープチャートを作り出している大元は自分ということになりますし
チャートを読んだところで結局、自分の地球での人生の大まかな予定を読んでいるのに過ぎないのだと思います。

 

私が読んだ神智学の本の内容の意味が、「人として、目の前の出来事に対して、真剣に取り組むことを忘れないために、占星術に頼りすぎるな」という意味であったとするならば、なるほど、と思えるわけです。

 

実際、占星術なんて全く知らない・興味もない人たちの中から、たくさんの有名人や成功者と呼ばれる人達が見つかるわけで、「人生の欲望を叶える=自分の運命を知っていること」ではない気がするのです。

 

ホロスコープチャートの中にその人なりの成功の種みたいなもののヒントは見つけ出すことができますが、始めから自分という存在に対して自己肯定的な人間からしてみれば、「今更何を確認する必要がある?」といったシロモノでしかないような感じもするのです。
そんな人に言わせれば、「ああ、言われてみればそういうようなことを思いながらいつも全力で、自分を信じてやっていたっけ。結果、成功できたのはたまたまなような気がするけど、とにかくこれをやり続けようと思った。」みたいな感じです。

 

こう思えるのは生まれながら幸運な人だったから、と言えばそれまでですが、死後やあの世・前世などの領域も考えて人生を考えるならば、以前に良いカルマを積んでいたからという説明で納得できる気がします。
ああでもない、こうでもない、と色々なものに時間とお金を消費しないで人生の初期から迷いなく突っ走れるなんて、多分どこかに(色んな次元に)こういうような理由があるのでしょう。

 

なぜ私たちはブレてしまうのか?

 

しかし、私たちの大半の人間は、「家族がああいうから」とか「これが正しいってみんな言うから」とか、自分の感じている本心・本音をどうにか調教して望まれるカタチに持っていこうと、人生の初めの段階で教育がされます。

 

現代人である私たちの多くは、「権力のある誰かの言うことを聞いて大人しく従っていれば、安全に生活ができる」という今の社会の状況に慣れきっています。
自分の人生に真正面から向き合い余計な苦労をしていくよりも、誰かが辿った安全な人生の生き方をマネするほうが心理的にずっとラクなのでしょう。
そこが、私たちが本来の自分からブレてしまう原因なのではないでしょうか。

 

そういう人間心理にも関わらず、ホロスコープチャートには「世間に受け入れられる安全で正しいルート」なんていうものは示されてはいません。
「今回、自分はこういう経験をする」といった青写真(ブループリント)が示されているだけなのです。

 

そこに、人間らしい「正しい」とか「間違っている」とかの概念はなく、「蠍座サインのように、深刻なテーマに向き合う」というただそれだけの為に、人の身の私たちからすれば「勘弁してほしい」と思わずにはいられない経験もあるというわけです。

ただ、そういう「生まれる前にすると決めてきた経験」を避けずに取り組めば、噛み合わなかったパズルのピースが徐々に合わさるように、悩まされてきた諸々の事態が変わっていくこともあります。

 

そこで見極めが必要になるのが、自分にとって何が必要としていることで、何が他人事(そうじゃないのにそうだと思い込んでいること)なのか?という部分です。
ホロスコープチャートは、自分にとって必要なことのあぶり出しが出来るツールの一つなのだと思います。

 

しかし、ホロスコープチャートの示すことと、幼少期から親や周囲に教えられたことは一致しないことが大半です。その埋めがたいギャップをどのように乗り越えていくかは、私たち個人個人に委ねられており、その乗り越える過程こそが人生であるとも言えるわけです。

 

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