発達障害の人が社会生活で孤立してしまう理由

心理学

人が形成する社会的集団と承認欲求の関係

人は自分と同質の集団の中にいると、承認欲求を満たされたと感じやすくなります。
なぜなら、自分の本質とかけ離れた思考や行動を強要されることが少ないからです。

学歴が高いコミュ障のオタクより、多少バカでも可愛げのあるヤンキーのほうが人から好かれやすいのは
他者からの承認欲求を満たす相手として、その欲求を満たしてくれやすいのは
人との繋がりを重視する傾向の多いヤンキーのほうだから
という人の無意識がかぎ分ける理由からきているのではないかと思います。

価値観が自分とは離れすぎていない相手かどうかを、人は瞬時に判断しています。

また、人という種族は集団で行動することによって生き延びてきた
という遺伝子的背景を持っていることから
人間は「集団で行動することに向いている素質を持つ個体」に対し、
本能のレベルで好ましく思う傾向があるのではないか、と考えられます。


このように孤立しがちな変わり者より、ヤンキーや不良が好まれるのが世の常なのは
人の生物としての本能なのでしょう。

発達障害の人は、集団に同質化することに安心感や価値を感じない

発達障害の人は、定型発達の人に比べると正直言って
ワガママです。

定型発達の人は自分の欲求<=集団の欲求
ですが

発達障害の人は自分の欲求>集団の欲求
という価値観の傾向が強まります。

私は発達障害の当事者なので、
「定型発達の方から見ればギョッとする」という場面を定型発達の人相手に何度か作り出したことがあります。

例えば、

・何かあったときは真っ先に相手のことを心配したりはせず、まず周囲の環境や状況の確認をする
結果、「冷たい、思いやりがない」などと人としての感性を疑われる

・言外の意味は、汲み取らない
(例)相手「○○ってなんだっけ?(構ってほしいな)」→私「(○○は知らないな~)ネットで調べたら?」会話終了。
結果、相手が唖然となる

・「状況を丸く収めるために些細な嘘を当たり前のようにつく」という定型発達の人あるあるの習慣が受け入れられなくて、嘘を指摘してしまうたびに相手からキレられる

このような「ちょっとしたコミュニケーションの感覚の違い」が積み重なることによって、
発達障害の当事者はコミュニケーションと自分の感覚に自信を失い
定型発達の人は段々と発達障害の人を「変人」や「おかしい人」と思うようになっていくわけです。

孤立の原因は発達障害者の側にあると言えるのか?

当事者の私から見た、定型発達の人がこちら側を特に理解していないと思う部分は
こういう発達障害の人の思考や欲求が「ちょっと我慢すればやり過ごせること」と
考えていることです。

セクハラやパワハラは、昨今になってようやく犯罪扱いされるようになりましたが
法律が出来るまでは、上記のように「ちょっと我慢してやり過ごせること」として扱われ
被害者は泣き寝入りせざるを得ませんでした。

つまり、何が言いたいかというと
マジョリティからの「普通にしろ」「そんなのおかしい」「変だ」という言葉や態度は
当事者でない多数派からの、無理解からくる同調圧力や人権への暴力と変わらないということです。

なので、発達障害をもつ人の側が、マジョリティである定型発達に合わせて自己の価値観を低くしたり、自分の感性を押し殺す必要はなく
むしろ人間社会を今より進化したものにするために、マイノリティの当事者たちは堂々と生きて社会を変えていくほうが良い、と思います。

発達障害の当事者側が出来ること

そうはいっても、定型発達の人が多数をしめる環境の中で単独で堂々としてしまうのは
定型発達者の集団圧力心理が働き、排除やイジメに遭うので大変危険です。

「同じ人同士なんだから、ちゃんと話せばわかってくれるはず」
という希望を定型発達の人にもって、自分のことをむやみに開示してしまうことも避けたほうが賢明です。

なぜなら、定型発達の人にとって、発達障害の人と仲良くなるのはほとんどメリットのない行為だからです。
(仲良くなりたいと思っているのは、私たち当事者のほうだけだった、ということが非常に多く、傷つけられる結果に終わることが多かったです。)

定型発達の人が自ら歩み寄ってこない限りは、自己開示は曖昧にしておいたほうが良いでしょう。

発達障害の人は、当事者で集まり自分たちを自衛していくための規模を大きくしていくことが今の段階の社会においては大切です。

発達障害の理解のないところには、一人で近づかない。
ぼろぼろに疲れて、鬱や適応障害を引き起こすことを一番に避けるためです。

一人一人バラバラで点在し孤立していると社会への認知・影響力がなかなか広まらず
「単なる変わり者」
「社会不適合者」
と簡単に攻撃されてしまいますが、そのような人達も規模が大きくなれば
「もしかして、普通なのかも?」
「おかしいわけじゃないのかも?」
と当事者・マジョリティ側両方が気付くようになっていきます。

発達障害の人は集団に迎合しない傾向はありますが、
集団の言うことだからその意見に反対している、という天邪鬼なわけではありません。

ただ、既存の集団・社会的価値観に合わない感性を生まれつき備えているから
結果的に集団から孤立しているだけで、自発的に集団から孤立しているわけではないのです。

だから、発達障害の当事者がまとまって既存の勢力に何らかのアクションを投げかけることは不可能なことではないはずです。

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